新刊紹介『北長門海岸国定公園「青海島」のジオツーリズム:ジオサイト 12 の提案』
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『北長門海岸国定公園「青海島」のジオツーリズム:ジオサイト 12 の提案』
著者:今岡照喜
取材協力:伊藤信行 撮影協力:永山伸一
発行者:今岡照喜,2023年10 月17日発行,A4版,175頁,定価:本体 2300円+税
野外地質あるいは地域地質に打ち込む地質家には,その人の心の原点とも言える風景がある.ふとした瞬間に,ある風景に心打たれ,歩き込むうちに研究生活を支えてくれるフィールドとなる.文献を読んでも,自分の地域の地質現象を思い浮かべ,あ!あの露頭にはそのような意味があったのかと気づき,新しい研究への意欲が生まれる.そこは,その人にとって天然の実験室であり,尽きせぬアイデアの宝庫である.しかし第三者から見れば,単なる景色あるいは分けの分らない岩盤の模様の中から,その露頭が語ってくれることを読み解くのは容易ではない.その人がその地域の探求に真剣に取り組み,もがいた分だけしか語ってくれないのである.
表記の書の著者である今岡照喜氏は,長く西中国地方の後期白亜紀~古第三紀の珪長質火山岩と花崗岩研究に取り組み,多くの研究成果を上げてきた.その研究スタイルは,あくまで野外地質研究を基礎に,綿密な顕微鏡観察と各種分析を駆使した地道でオーソドックスな岩石学研究にある.近年では,同氏の確実・緻密な研究は,2 種の新鉱物「村上石」「Ferro-ferri holmquistite」の発見・記載につながっている.
今岡照喜氏にとって,終生のテーマは中国地方の珪長質火成活動の追及にあり,研究の原動力となったフィールドが山口県の長門海岸「青海島(おうみじま)」である.本書の目的は,「日本列島がアジア大陸の一部であった頃,約 9000 万年前の火山活動で形成された巨大カルデラの内部と底が手に取るように観察できるジオパーク」の提案である.しかし,単なる提案・紹介にはとどまらず,青海島の美しい景観に感動し,30 年以上にわたってその自然と地質現象を解き明かそうとして努力した結果,知り得たことを専門に関わらず多くの人に知ってもらいたい,という著者の熱意が満ちている.
本書では,第 1 話「青海島の魅力と先駆者たち」から第 20 話「青海島ジオサイト 12」まで,20 項目に分けて青海島の自然とその見どころ,地質現象について解説している.各項目では,関連する事象の解説に加えて,コラムを設けて興味ある話題を提供し,それぞれ数枚から 10 数枚の豊富なカラー写真(ドローンで上空から撮った写真を含む)を用いて臨場感あふれる紹介を行っていることが特筆される.
本書の焦点である“とっておきの場所”とは,第 6 話「平家台:カルデラ火山の地下博物館」である.そこではカルデラとは何か,長門-豊北カルデラの発見に至る経緯,ルーフペンダント,ルーフコンタクトとウオールコンタクト,マグマ溜りの花崗岩,花崗岩のできる深さ,などの小項目に分けて,図 1 葉,写真 16 枚を用いて,解説されている.第 7 話「幕岩のマグマ混合絵巻」では,露頭写真に加えて顕微鏡写真と EPMA の組成像を示してマグマ混合と陥没のメカニズムが解説されている.さらに第 5 話「竹の子岩:赤く錆びた花崗岩」,第 8 話「白旗岩:シルも重なればバソリスになる」,第 9 話「観音洞付近のカルデラ湖堆積物」,第 10 話「大門:結晶質凝灰岩の節理」,第 13 話「溶結凝灰岩が語る白亜紀火山活動」,第 14 話「仏岩の貫入性凝灰岩」,第 15 話「屏風岩:カルデラ境界の岩脈」,第 16 話「青海島と韓国慶尚盆地」によって,カルデラの形成とマグマ現象に関する現代火成岩岩石学の先端的課題が,ほとんど余すところなく紹介されており,なおかつ,それらがどのような観察事実から導かれるか,ということが解説されている.このほか,第 2 話「仙崎砂州」,第 3 話「青海湖・波の橋立」,第 4 話「王子山から見た景観」,第 11 話「長浜群洞」第 12 話「十六羅漢」では,青海島の地形が解説され,12 のジオサイトの提案意義が良く分かる.
カルデラといえば,たいてい阿蘇山を思い浮かべることだろう.それは確かに「火山性陥没構造」ではあるが,地表に現れた地形にすぎず,カルデラの形成機構は地下深部の構造を研究して初めて解明できる.青海島には,カルデラ構造とそれに関わるマグマ現象がそのまま「化石」として保存されている.しかし,その事は今岡照喜氏のように,その地域を愛し,研究に打ち込んだ「語り部」なくしては理解できないのである.本書は,一般観光客に対する観光案内書となるとともに,妥協することなく地質学の本質を踏まえており,専門課程の学生や研究者が,本書を片手に現場で「マグマ学」が学べる優れた解説書となっている.グランドキャニオンなど世界の観光地には,レベルの高いGeology の解説書がある.山口県の青海島には,本書があると誇れるであろう.
紹介文執筆者:加納 隆
注文先:〒759-4106 山口県長門市仙崎字漁港南4297-2 青海島観光汽船株式会社
TEL 0837-26-0834,FAX 0837-26-0835
Mail:info@omijimakankoukisen.jp,omijimakankoukisen@gmail.com