新刊紹介『宮城県鉱山誌』
一覧はこちら新刊紹介『宮城県鉱山誌』
『宮城県鉱山誌』
著者:五十公野 裕也
発行所:株式会社金港堂出版部、2023年8月26日発行、B5判上製、289頁、定価:本体4,500円+税、ISBN978-4-87398-161-1
有名な鹿折鉱山産のモンスターゴールドが表紙にある本書は、渡邉萬次郎著の『宮城縣の地下資源』以来、73年ぶりに発行された宮城県の鉱山誌で、151の鉱山について紹介している。種々の文献を網羅的に引用して鉱山の基本情報を記述するだけでなく、著者による新たな現地調査の情報を加えて最新の状況を紹介しており、奥山にある廃抗へのアクセスや調査には多大な時間と労力を必要とし、時には危険を伴うことは想像に難くなく、まだ30代半ばの著者がこのような労作を編纂されたことに敬意を表したい。また、本書は自費出版によって発行されたもので、そのことからも著者の並々ならぬ鉱山への情熱を感じる。鉱山に興味を持ったきっかけは、小学1年生だったときに新聞に掲載された細倉鉱山の記事だそうで、以来、鉱山や鉱石、鉱物に興味を持ち、宮城県内だけでも実に100以上の鉱山跡を訪ねたという。
第1章「宮城県の地質と鉱床」では、県全体の概要に始まり、続いて北上山地・阿武隈山地・奥羽山脈、陸前丘陵、仙台平野の順に各地域の地質と鉱床について19ページを使って解説されている。続く第2章「宮城県の鉱山史」では、奈良時代〜戦国時代・江戸時代・明治時代〜大正時代・昭和時代〜現代に分けて9ページを使って解説されている。聖武天皇・大伴家持・坂上田村麻呂・藤原清衡・源頼朝・源義経・豊臣秀吉・伊達政宗など著名な歴史上の人物が多数登場し、奈良時代から東大寺の盧遮那仏(大仏)や中尊寺金色堂の鍍金に使われるなど、宮城県内から得られる金が国内できわめて重要な資源であったことがわかる。第3章の「鉱山各論」は本書の中核をなすもので実に240ページを占め、137の金属鉱山と14の非金属鉱山の所在地・稼行対象鉱物・鉱区番号・地理交通・地質・鉱床・採掘状況・沿革・生産量・引用文献などが多くの図表や写真とともに詳述されている。前述したように著者が新たに現地に赴いて得られた情報も多く、その中には道路工事や宅地開発などによって消失した鉱山や抗口もある。
第1章では地域別、第3章では鉱山ごとに引用文献リストが本文での出現順で掲載されているが、それらは重複しているものが実に多い。第2章の引用文献とともにアルファベット順のリストとして巻末に一括掲載した方がより探しやすく、紙面の節約を図れたのではないか。
本書の「はじめに」と「あとがき」には、鉱山に関係する日本遺産やジオパークについての記述がある。2019年5月には日本遺産「みちのくGOLD浪漫-黄金の国ジパング、産金はじまりの地をたどる-」として、宮城・岩手両県内の金に関係した遺跡や文化財が文化庁により認定された。宮城県では鹿折金山跡・大谷鉱山跡・大谷鉱山採掘資料一式・玉山金山遺跡(気仙沼市)、南三陸町の紺紙金泥大般若経(南三陸町)、箟岳と涌谷の砂金(涌谷町)、金華山詣(石巻市)などが構成文化財となっている。重要で魅力的な地域の文化財を、地域が主体的に整備・活用し、国内外に発信していくことで地域の活性化を図ることが日本遺産の目的である。2013年認定の三陸海岸ジオパークでは、玉山金山遺跡、大谷・鹿折金山跡がジオエリア(地質学的に重要な見学地)になっている。さらに2015年認定の栗駒山麓ジオパーク(栗原市)では、県内有数の鉱山だった細倉鉱山がジオサイトの一つである。著者は鉱山遺跡の地域振興に関連して、栗駒山麓ジオパークにも関わっておられる。ジオパークは日本遺産と同様に、地質遺産の保全と持続可能な利活用(地域振興と人材育成)が重要視されており、現在の鉱山遺跡の保全や地域振興への利活用の実態と展望についての章があれば、稼行中の鉱山が多数あった時にまとめられた従来の鉱山誌とは一線を画す内容になったであろう。筆者がジオパークに関わっておられるだけに、そのような視点の章がないことが実に残念である。
本書では鉱山の位置や坑口やズリで見られる鉱物、坑道の状態、製錬所などの鉱山施設、鉱山で使われた石臼など遺物の有無、アクセス難易度などが詳しく紹介されている。このような情報は、鉱物・廃墟・骨董品の愛好家にとってガイドブックのような役割を持つ。心配されるのは、本書を頼りに現地に訪れた人々の違法採取によって鉱山遺跡が荒らされたり、坑道に入って落盤や転落など事故が発生したりしないかということである。また、近年では宮城県内でのクマの出没が多くなり,人身事故も発生している。詳細な情報が掲載されているだけに、鉱山遺跡の保全や事故防止についての注意喚起も必要だと思う。21世紀に発行された鉱山誌としてやや物足りない部分もあるが、旧来の鉱山誌を凌駕する内容を持つことは間違いなく、会員諸氏に一読を薦めたい。
紹介文執筆者:宮島 宏