新刊紹介『扇状地の都 京都を作った山・川・土』
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『扇状地の都 京都をつくった山・川・土』
著者:藤岡 換太郞・原田 憲一
発行所:小さ子社、2024年10月25日発行、四六版、195頁、定価:本体2,200円+税、ISBN:9784909782243
京都の成り立ちを地球科学の立場から紹介したたいへん面白く,読みやすい本が出版された。古の都,京都を紹介する本は数多あるが,地形や地質を根底において,文化や歴史を織り交ぜている本はこれが初めてであろう。大部分の図版もカラーでたいへん見やすい。まずは目次から紹介しよう。
第一章 地球科学から見た平安京の系譜災害が京都にもたらしたもの
第二章 災害が京都にもたらしたもの
第三章 京都の文化を支えた資源
第四章対談 地球科学から見た京都
終章 京都と東京の比較――扇状地か三角州か
という枠組みであるが,第1章では地球科学の立場から見て天皇が住むためにはどのような条件が必要なのかを述べる。平坦で広い場所,水や資源が豊富,地震に強い,山紫水明であることなどが挙げられ,それらの観点から平安京,平城京,長岡京,藤原京のおかれた京都盆地や奈良盆地の地形的な特徴が述べられている。ついで日本列島のほぼ中心部にあたる近畿の地勢がプレート運動との関係から詳しく述べられている。そして三方が山に囲まれ南方が開けた京都盆地の地形的特徴が詳述されている。
第2章では京都を襲った災害について,最も多かったのは地震だったこと,火山災害はあまり影響を受けなかったが,水害や火災はけっこう多かったことが記述されている。コラムで『方丈記』に描かれた火災,風害,地震などの災害に関する記述は興味深い。このような多くの被災にもかかわらずその後にもたらされた恵みもあるとのこと。都人たちは度重なる災害を乗り越え1000年もの間,都を維持してきたという。
第3章では金や水銀を用いた技術を駆使してさまざまな文物が生まれたこと,石灰岩の少ない淀川を中心とした水系が発達しているため京の水は軟水で,それを利用した酒造り,染色などの文化が発達したという。京をとり囲む山々の森林資源も見逃せない。淡水魚,京野菜やマツタケなども豊富である。陶土資源の多いことから焼き物文化が発達した。丹波帯の岩石の風化物を利用して平安京の建物の屋根瓦を焼成したこと,頁岩の風化による黄土の釉薬や顔料などへの利用もある。竜安寺の石庭,金閣寺などの庭園の文化も丹波帯を中心とした地質の影響が大きく関わっている。
第4章では,京都に生まれ育った藤岡氏と,京大で学んだ原田氏の対談があり,京文化に詳しい学識豊かな二人の談論風発で豊富な話題が面白い。江戸の三角州に発達した文化,縄文や弥生時代の人たちの間で交わされた情報源などの話には思わず惹きこまれてしまう。
終章では,扇状地を中心とした京文化と三角州を中心とした江戸文化の違いが詳しく述べられている。
本書の力点は,大谷大学の鈴木寿志氏を中心とした「文化地質学」の精神が根底となって描かれているところにあるのだろう。文化地質学(Kulturgeologie)の概念は比較的新しく,ザルツブルク大学のヴォルフガング・フェッタ―ス教授によって提唱された。鈴木氏の紹介によれば「文化地質学は,地球科学と文化科学が相互に関わる分野であることに注目しなければならない」ということである。まさに本書は京都の歴史や文化を文化地質学的に解釈したものといえる。
著者のお二人とも,この方面のパイオニア的な方々であるため,多方面にわたる柔軟でかつ該博な知識の上に本書が生り立った。実は本書を読んでいて,私の住んでいる仙台についてこのような観点からぜひ考えてみたいと思いたった。伊達政宗が築いた仙台の立地は奥羽山脈に源を発し,蛇行しながら河岸段丘をつくり,その上に構築された。そして,背後に深い竜の口峡谷が控える青葉山の見晴らしのいい台地に建てられた政宗の慧眼についてもう一度見直してみようかと思った次第である。
こういった分野は岩石や鉱物を対象とする本会の研究分野にも当てはまるものと思われるので,ぜひ一読されて新しい観点から岩石・鉱物学の研究にも挑戦して頂ければ幸いである。
紹介文執筆者:蟹澤 聰史