新刊紹介『最新 地学辞典』
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『最新 地学事典』
地学団体研究会 編
発行所:平凡社、2024年3月発行、A5版、2046頁、定価40,000円+税、ISBN 9784582115086
本書は前回の新版以来28年ぶりの改訂が行われ,この3月に刊行された事典である。前身の『地学事典』は1970年に遡り,1980年に増補版,1996年に『新版 地学事典』として刊行され,その後およそ四半世紀ぶりの大改訂である。初版から数えれば半世紀以上も続いた事典で,私も初期の段階から微力ながら関わってきた。「新版」の出版された1995年以降,大地震,大津波,火山噴火などが相次ぎ,それに伴う災害が私たちの生活を脅かしていて,地学や環境,自然保護への関心も高まっている。この間の地球科学の発展は目覚ましいものがあり,取り上げられた項目は見直されたものも少なくない。また,これらは地球から宇宙空間へと広がってきている。今回の改訂で項目21000余,執筆者は700人を超え,初版以来では1600名余とのことで,地学団体研究会所属のメンバーに限らずその道の専門家が多数参加しているのも大きな特徴である。
最新版にあたらしく加わった項目として目についたものは,「人新世」,「チバニアン」,「岩手宮城内陸地震」,「東北太平洋沖地震」,「東日本大震災」,「旧石器捏造」,「ブラタモリ」,「ジオツーリズム」,「文化地質学」,「20万分の1シームレス地質図」,近地球小惑星の「ハヤブサ2」や「りゅうぐう」などがある。一方で,旧石器捏造に関わった「馬場壇遺跡」「座散乱木遺跡」などは抹消された。それぞれの項目でも,初版から半世紀,新版から四半世紀に加えられた知見で改定されているのも多数ある。
この3冊の地学事典を紐解いてみると,初版以来の半世紀,さらに新版以来の四半世紀の間の地球科学の趨勢がよく分かり,ある意味では科学史的価値もあろう。A.ウェーゲナーが1915年に『大陸と海洋の起源』を刊行して,本格的に海洋底拡大説の端緒となったのは周知のとおりである。主として欧米で発展してきた地磁気研究によって海洋底に関する知見は日本においては地球物理や火山関係の研究者の間ではかなり早期から受け入れられてきた。いっぽうで,地質学関係の学界では「地向斜説」が優勢で,初版が出版された1970年代初期には,この地学事典の元になった地学団体研究会の間でもプレート論に関してはなかなか受け入れ難いものであったことも事実である。その一つが「プレート」に関する記述で,初版はまったく見られなかったのが,新版では見出しだけで15項目,今回の最新版では20項目を数える。この半世紀で如何に変化が大きかったかがうかがわれる。「付加体」は初版では見られず,新版になって加えられている。今回の改訂で,修正項目は4000におよび「阿武隈変成岩」「三波川帯」などの記述はその後の成果が取り入れられて,大幅に書き改められた。
初版以来の執筆者のお名前を拝見して,私よりも先輩方の多く,さらに同年配の方々も鬼籍に入られており,この間の時代の流れを感じた。私事ながら,初版以来の3冊が手元に残っており,『初版』『新版』とも使い古されてボロボロになっている。この3冊のページを紐解きながらいくつかの項目について比べてみて,50年という歳月の大きさと地球科学の進歩を感じた。
見出しにあった英,独,仏,露語も『最新版』では英語中心となったのは時代の趨勢だろう。また,これらの項目を解説した本篇のほかに別冊として付図・付表があり,付図はカラーが多用されてたいへん見やすいが,やや小さくて見にくい地図などもある。別冊の見出しは用語辞典としても便利である。44,000円という価格では全ての方々,特に学生諸君には無理にはお薦めも出来かねるが,手元において十分役立つ。学校や公共の図書館にはぜひ置いて欲しいし,余裕があれば個人でもご購入いただきたい。最近の趨勢として電子版が加わればさらに便利であろう。電子版ならば、細かい図版も拡大して読める。
紹介文執筆者:蟹澤 聰史